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更新日:2015年3月18日

市のプロフィール

市章・市制

市章和14年11月3日、当時の都濃郡下松町を中心に花岡村、久保村、末武南村を合併して市制を施行しました。
の後昭和29年11月1日に都濃郡米川村を、昭和37年4月1日に都濃郡都濃町滝ノ口部落を編入合併して現在に至っています。

(市章)
下松の「下」の字と笠戸湾の静かな波を松葉で表現しています。
また、円で和を表現しています。

世帯・人口

年ごとの人口の推移

月ごとの世帯と人口

位置・面積

下松市は、山口県の南東に位置し、瀬戸内海に面しています。
県庁所在地の山口市から東南東へ約40kmの位置にあり、東は光市と周南市、北と西は周南市に境を接しています。

市役所の地図

面積=89.35平方キロメートル(平成27年10月1日現在国土地理院調べ)
東西12.7km、南北20.6km(笠戸島の周囲=36km)

方位

地名

経緯度

市役所の位置

東端

添谷

東経131°56′

東経131°52′

西端

古島

東経131°48′

北緯34°00′

南端

火振岬

北緯33°55′

 

北端

清若

北緯34°06′

 

地名の由来

推古天皇のころ、鷲頭庄青柳浦の松の木に大星(北辰星ともいわれている)が降り、7日7夜光輝き「百済の皇子がこの地へやって来る」というお告げがあったことに始まります。

それから3年後、百済からやってきた皇子が後の大内氏の祖とされる琳聖太子といわれています。このことから「星が降った松」が「降り松」、「下松」となったといわれています。

また、一説によれば、百済の琳聖太子が渡来し、以来百済との交易が開けたことにより、百済と貿易する港、百済津(くだらつ)がなまって「くだまつ」となり、「下松」と書きあらわすようになったとされています。

この言い伝えを引き継いで、暮らしの中に「星ふるまち下松」として息づいています。

市の木・市民の花

  • 市の木 ヤマモモ(昭和50年に決定)
  • 市民の花 サルビア(昭和47年に決定)

     

市民憲章

   下松市民憲章は、下松市をより住みよいまちにするため、昭和44年に制定されました。

   < 実践5項目 > 

  • きまりを守り 明るいまちをつくる
  • 花と緑を愛し 美しいまちをつくる
  • スポーツに親しみ 健やかなまちをつくる
  • 生産に励み 豊かなまちをつくる
  • 若い力を育て 伸びゆくまちをつくる

 

市勢要覧

お問い合わせ

所属課室:秘書広報課広報広聴係

山口県下松市大手町3丁目3番3号

電話番号:0833-45-1802

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